夜の川に溶け込めないアオサギ

 

ボロボロの私の感情よりも
あの人にとって大事なもの

 

カスタマイズされた広告に促進される消費衝動
数分間のショート動画
無機質な探究心と欲求

 

そんなものたちと天秤にかけたとして
いいことなんてないけど

 

アルゴリズムに選ばれた世界で息をするあなた

 

刹那的な消費に打ち勝てないような私なら
あなたの前から消えてあげる

私が手を放そうものならするりと
この手から簡単に抜け落ちるような
そんな関係だった。

 

何に惹かれたのか
理屈では証明できない。

この五感で感じるものすべてが特別だった。
としか言いようのないほどに
情緒的な好意を持った。

あの人の声、所作、匂い、眼差し、言葉、表情、
慣れていそうで拙い台詞に、時々見せる少年のような姿

どうしようもなく好きだ、と気づく頃にはもう遅かった。

境界線を張り、壁を作って、区切りをつけた。
そうでもしないと、あまりにも辛い。

感情は、弄んでいいものではない。
他人の感情も、自分の感情も。

別れ際、気持ちを植え付けるような置き土産。
捨ててしまうにはあまりにも
情が移ってしまっていた。

だから、去ることにした。
何も伝えられていないけど、
何かを伝えるにはよそよそしい関係だった。

 

感情の波を掻き分ける。
辿り着く先の地獄で私はまた
手放し難い何かを得るのだろう。

土曜日

 

待ち合わせは前回と同様、13時。
あのホテルの3階、イタリアンレストランの前。

12時56分
私の方が遅くなってしまったと思っていた。
店の前のベンチに座る。LINEを送る。

「もうすぐ着く!」と一言。
その人は、やはりのこのこ現れた。

 

レストランには失礼だけど、
このレストランの料理はあまり好きではない。
私の舌は、この店のシェフの塩分濃度に順応できていない。

でも、開放的な空間で、ゆっくり話ができるから気に入っている。
久しぶりに会う友人とのランチや、大事な人とのディナー、
そして、別れた恋人との気まずいブランチまで。

 

彼の近況は、相変わらずキラキラしていた。
何の変哲もない私の近況を話すのが情けなくなるくらいに
彼はまっすぐ、正しく、最善の方向へエネルギーを向けていた。
彼のその、自分に対する絶対的な自信と確信的な自己肯定が
大好きだったし、今もとても尊敬している。
私自身、大きな影響を受けた。

そして相変わらず、無神経な言葉選びをするし、
他人の感情をずさんに取りこぼしてしまうひとだ。

そうだ、だから肝心なところでいつも、分かり合えなかったのだ。

 

ブランチコースのメインで
彼はリゾット、私はショートパスタを選ぶ。
こういう時は決まって、シェアをする前提で
お互い何を選ぶか話し合っていたことを思い出した。

彼は自分の気持ちと意思でリゾットを選び、
私はショートパスタを選んだ。

私たちがもう他人同士であることを
たったそれだけの出来事が実感させてくれる。

 

必要な話が終わり、解散するはずだったが
私のわがままでコーヒーに付き合ってもらった。

これが最後かと思うと、エゴが出てしまった。

よくこうして、二人でご飯のあと少し散歩をして
カフェに入ってたくさん話をしたな。
私の突飛な妄想話も、オチなんてないくだらない話も
彼とは無縁の人間関係の悩みも
優しく頷き、時にはまるで興味が無さそうに
けれど遮られることは一度もなく
ずっと、語らせてくれた。

一緒に話を広げている時間が好きだった。
彼はよく好んで、生物や宇宙、物理なんかの話をしてくれた。

私はその方面にあかるくはないが
彼が自分の好きなことや興味を持っていることを
話してくれるのが、嬉しかった。

そういった時間が、私にとってはかえようのない宝物だったのだ。

 

彼はいう。
幸せに向かうルートが違うのだと。

 

 

日曜日

 

少しだけ仕事をして、
溜めていたアニメとドラマをみる。

 

何かのコンテンツに没頭している時間は
一種の救いだ。
そしてそういうものに限って
次の日にはどういう内容だったか思い出せない。

考えたくない何かから気を逸らすための
刹那的な消費。

 

人と会おうと思って出かけてみた。
普段、あまりこういった行動はしない。
そして、こういった行動が招く事態も頭にはあった。

それでもいいと思った。

 

その人から漂う、わざとらしいムスクの香りが鼻につく。
家から出たことを後悔したと同時に、
ごめんなさい。
その一言が、私の頭に2時間半居座る。

 

凍てつく夜風と相まって
別れ際の呆気なさと清々しさが妙に軽快で、
軽やかな足取りが 駅のホームまでひょいひょいと私を運ぶ。

 

何事もなかったかのように
シャワーを浴びてベッドに入る。

いつもはみないのに、恐ろしい夢を見た。

 

その花のように

長崎といえば
坂が多くて、食べ物が美味しい。斜面を切り拓いた街。
和華蘭文化。1000万ドルの夜景。ハウステンボス
戦争。平和。そして、キリシタン

ある12歳の少年について、考えずにはいられない。
1597年、長崎で殉教したその少年の、生死を分けた言葉。

「信仰を捨てれば命は助けてやる」という
処刑責任者の情けに対し
「つかの間の命と永遠の命を取り換えることはできません」
と断り、処刑台へ向かったという。

歳なんて関係ないのかもしれない。けれど
12歳という若さで今世の命、
そして永遠の命をかけた大きな運命を引き受ける、
揺るがない信念と力強さに、大きな感銘を受けた。

信じるものがあるということは、精神の力強さを育み、
滅びる際に実から落ちた種は、地に根を張り永遠のものとなる。

強い信念を持つ誰かの、身を捧げるような死に、
私たちは心を打たれる瞬間を持つ。
「死」への恐怖よりも大事なものがあるということ。
そして、それを自ら選択し引き受ける強さを持っていること、
その強さを体得するまでの背景。

ニーチェは、キリスト教の中にルサンチマンを見出した。
しかし、神の存在とキリスト教の教えが内在化された彼らの
生に対する態度は、運命愛に通じるものがあるのではないだろうか。

長崎の市街地中にある寒椿が、
彼を含めた二十六人の殉教者の存在を記憶に切り刻む。
異国情緒が混ざり合う町で
石畳や煉瓦壁の合間を彩る、ルビーのような赤やピンク。
散る花は、彼らの血の滲む足跡のように。

複雑な歴史を背負うこの街の人々は
明るくて、その花のように凛としていた。

はたと思い立ち
少し遠出をすることにした。

遠出と言っても
電車で1時間半ほど。

神戸は、何度か訪れたことがある。
だからこの街を分かっているつもりだったけれど
駅に降り立った途端、ぽつん。
そこは見知らぬ街で、
私は紛れもなく訪問者だった。

公園を歩いていると、
朝からジョギングをしている人や
バスケットボールをする少年たち、
手を繋いで散歩をしている家族。
私の住む場所ではあまり見ない
平和な光景に心がほぐされる。

ふらふら歩いていると
私を呼ぶ懐かしい声がして、ドキリとした。
そんなはずない、そら耳だと分かっていても
つい振り向いてしまう。

懐かしさはまるで、
乱暴に私を放り込むように、一瞬にして、
あの時の感情やあの人の顔、癖なんかを思い出させる。

そうか。
もう会えないんだね。

「またね」とわかれた時から今まで
もう会えないんだと思うことは無かった。けれど
懐かしさが、そら耳で蘇るあの声が、
取り返しのつかない時間とそれぞれの人生の重さを痛感させる。

一度でも深く心が通ったひととのこのような別れは、やっぱりさみしい。
私にとって、大きな救いだった。
あの人にとって私は、どうだっただろうか。

もし、また会うことができれば。
夢だとしてもいいから
このそら耳の話をしよう。

美しい港町で、あなたに似た声を聞いた。
その時初めて、もう、二度と会えないと実感した。
だからまた会うことができて夢のようだ。
どうしても、向かい合って伝えたかった。

ありがとう。
あなたと出会えて私は、本当の友人と、その温かさを知った。
さようなら。
もう、ふたたびお目にかかりません。

鴨川にはいつも
あの人の影があった

 

全ての命を包み込むような
あの穏やかで 温かな笑顔が思い浮かぶ

 

ああ、大好きなひと

 

 

悲しみを遠ざけるために
心の中を言葉で映し出していた

 

いつのまにか
その悲しみに、その言葉に癒されていた

 

あの人をおもうと
言葉と涙が自然と浮かんでくるのは
悲しさが湧き上がるからだろう

 

私が愛だと信じていたものは
幻影なのだとしても
どうしようもなく、救われていたのだ

 

 

ひとつひとつのことを
じっくり思い出して考えたいと思うけれど、

ただ、その日のことを考え次の日を迎え、
一歩一歩を着実に進めるこの現実が
今私の目の前から離れない

 

もしくは ーー

 

 

大切な記憶を言語化すると、消化してしまいそうで怖い
いつまでも宙に浮かせたままにしておきたかった、不確かな何か
この何かに、適切な言葉を当てはめるにはもう少し時間がかかる

 

だからもう少しだけ
このままでいさせてほしい

25歳になった。

 

あっという間に過ぎていく毎日。
ただ、何かを待っているだけのような毎日。

文章を書く理由の一つに、
その時、その瞬間の記憶を咀嚼したいという思いがあった。

忙しなさや休息にかまけて、続けられていなかったけれど
続けることが目的なのではないから、いいじゃないか。
なんて、自分に言い訳をしておこう。

 

本や、書くことや、観ること、感じること、考えること・・
どれが欠けてもいけないと、私は分かっているはずだ。

 

どれだけ楽しくても、煌めいていても、
忙しなさに体が適応してきても、
私自身はいつも、その世界の裏側にいるのだった。

深く息を吸える場所。

 

自分にとって大切な時間を、共に過ごしてくれる他者。
あの人のそういった態度に何度も、自分を肯定してくれているような救いを得た。

 

その大きな蜜の容器に、浸るだけにはならないように。
吐き出す息が、誰かの心に少しでも温かみをもたらすように。

傲慢かもしれない。だけど、そう思っていたいのだ。